PRODUCTION NOTES

『ムーンライト』のルーツ

本作の原案は、マイアミ在住の高い評価を受けている劇作家のタレル・アルバン・マクレイニーが指導する演劇学校の授業プロジェクトとして誕生した。彼が書いた「In Moonlight Black Boys Look Blue」と題する短い戯曲は、リバティ・シティの少年と地元の麻薬密売人の関係が物語のベースとなっている。その麻薬密売人が父親代わりとなり、少年はいじめや母親の麻薬中毒、孤独感、その他悲劇に終わる様々なことと闘う。少年時代と思春期を行き来しながら、男らしさ、アイデンティティ、そしてコミュニティをテーマにした物語だ。「シャロンの人生に、どうコミュニティが関わっているかを最初から見せることが私には重要だった」とマクレイニーは語る。「彼が自分で気づく前から、コミュニティは彼のセクシュアリティを知っているんだよ。人は、本人がその意味を理解する前にカテゴリーにはめたがる。これは誰にでも起こることだ。男でも女でも黒人でも白人でも、ゲイでもストレートでもね。コミュニティが何を見ているか我々に教えてくれる時がある。それにどう反応するかで、我々のもがきは非常にリアルになり、いかに我々の人生に深い影響を与えているかが分かるんだ」 そして、大学時代の友人であるプロデューサーのアデル・ロマンスキーは、監督のバリー・ジェンキンスの2作品目となる映画の作品選びをしていたなかで、この戯曲に出会う。「マクレイニーは、マイアミの公団で育った貧しい黒人の子供が育っていくさまを捉えるという素晴らしい作品を書いていたんだ。これは自分自身の幼いころの記憶を呼び起こし、映画にするというチャンスだと思ったよ。マクレイニーのすばらしい語り口を使ってね。彼の体験したことの根っ子の部分は、僕自身も経験していたことで、まさに“パーフェクトな結婚(巡り合わせ)”だったよ」

共通する記憶を持ったふたりの表現者

偶然にもジェンキンスとマクレイニーは危険で荒れた同じリバティ・シティ公営住宅に育ち、『ムーンライト』のほとんどが、この地で撮影された。ジェンキンスもボルシチ映画祭に作品を出品しており、彼の短編映画『Chlorophyl』(11)は、『Medicine for Melancholy』(08)と同様に街の移り変わり、スラム街の高級化、愛情の飢え、そして都会の無秩序状態での人間のつながりが描かれている。 ジェンキンスとマクレイニーは、当時、知り合いだったわけではないが、2人は偶然にも同じ小学校と中学校に通い(学年は違う)、扱っている題材やテーマもアイデンティティや男らしさについてと、自分自身の体験なのである。そして最も注目すべき点は、2人共が重度の麻薬中毒者である母親に育てられたことだ。ジェンキンスの母親はその闘いを生き抜き、24年間、HVI の陽性ながら生きながらえているが、マクレイニーの母親は、もがき苦しんだ末に、エイズで亡くなった。

映画化へむけて

戯曲の脚色を行うために、ジェンキンスはストーリーを3つの章をふくらませ、シャロンの人生の大人のエピソードを広げた。(戯曲では3つめは単に電話だけの描写だった) ジェンキンスの脚色を読んだプロデューサーのロマンスキーは、攻撃の的になりながら成長するという極めて情緒的に書かれた脚本にすぐに心を奪われた。『ムーンライト』は非常に特殊な場所を舞台にしているが、そこに描かれたテーマは自分の居場所がないと感じる人に向けられている。「胸が張り裂けさせそうになったわ」とロマンスキーは吐露する。「シャロンのストーリーは、この白人の女の私ですら分かる部分があるのよ。多くの人が人種や性別、年齢、性的指向を超えて他人と一体感を抱くものだということが分かるはずだわ。ストーリーのコアの部分が、他者の普遍性に繋がるの」映画の中でセクシャリティは中心的なテーマや決定的な特徴になっていない。これはジェンキンスの手法が、キャラクターの微妙な感情や心の動きを繊細に表現しているからである。根本的に『ムーンライト』はジャンルを超えて、1人の若者のカタルシス的な個人的な葛藤を描く普遍的な物語だ。「ジェンキンスはすごく内向的で引っ込み思案な人間なのよ」とロマンスキーは説明する。「彼は自分の信用がおける人間の前ですら、本音を語らないわ。そんな彼が『ムーンライト』では自分自身の生い立ちや人生を描いたのだから珍しいものだわ。それを可能にしたのは、マクレイニーのストーリーがあったからなのよ」

プランBエンターテインメントとの出会い

ブラッド・ピットが創立したプランBエンターテインメントとの共同社長であるプロデューサーのジェレミー・クライナーとデデ・ガードナーは、『Medicine for Melancholy』(08)以来、ジェンキンスのファンで、その豊かで複雑な感情表現と美しい映像表現を絶賛していた。経営陣は、『Medicine for Melancholy』(08)が公開されてすぐにジェンキンスと連絡を取り始めたが、両者の協力関係ができたのは、13年のテルライド映画祭の時だった。プランBエンターテインメントが同映画祭で『それでも夜は明ける』(13)をプレミア上映した際、偶然、ジェンキンスが、この作品の監督であるスティーヴ・マックィーンと一緒に上映後のQAに登壇したのだ。二人のプロデューサーとジェンキンスはこの映画祭で一緒に時間を過ごした後、共に仕事をするという話が再び持ち上がった。その後、ジェンキンスが、プランBエンターテインメントに本作の脚本を持ち込んだのだ。 「脚本がとんでもなく素晴らしく、前作同様に構成は特筆すべきエレガントさとシンプルさがあった」とクライナーは語る。「ジェンキンスは素晴らしい創作能力の持ち主で、人間同士の親密な関係の距離感を捉える力が優れているんです。特に2人のキャラクターの間のね。彼は誰も思いつかない方法で人の心の中に入り込み、突然、その深い部分をえぐり出すんです」ガードナーが付け加える。「ジェンキンスは1つの言葉で全世界がぶつかり合うことが分かっているんです。熟練した脚本家兼監督でないと、それをスクリーンに描くことはできません」プランBエンターテインメントは脚本を読むとすぐに契約し、2015年の初め、A24が初めて映画製作に参加し支援することとなり『ムーンライト』の資金調達は完了した。

キャスティングについて

まず初めに、10歳の少年期から様々な段階を経て30歳前半までのシャロンの成長を、1人の俳優が年を重ねていかずに描くという、ジェンキンスの大胆な決断で始まった。この冒険的な挑戦のために、キャスティング・チームには、撮影中に一度も会わずに、同じ内なる感情を演じることができる3人の俳優を見つけることが要求された。シャロンの人生の3つの時期に命を吹き込むために、ジェンキンスは同じマイアミ出身のキャスティング・ディレクターのヤシ・ラミレスに依頼。キャスティング・ディレクターになる前、ラミレスは未成年の官選弁護人になる勉強をしており、しばしばフロリダで問題を抱えた子供たちのために力を貸していたのだった。「だからこの脚本に惹かれたのよ」とラミレスはコメントする。「シャロンは誰か手を貸してくれる人が必要だったの。私はそういった子供たちを知っていたし、そんな子供たちのために働いていたから」 制作陣は、最初から“リトル”を演じるのが誰であれ、マイアミの地元の子じゃなければならないと考えていた。ジェンキンスとロマンスキーは、街中をくまなく歩いて、出演者募集のチラシを貼ったり、学校や近隣を歩いて周り、この重大な役柄を演じられる少年を探し歩いた。最終的に2人はヒバートを見つけ、他のスタッフに見せるために彼を撮影した。ラミレスは彼をオーディションで見た時、すぐにその幼い目に映る物静かな好奇心と脆弱性に強く惹かれた。誰もが彼こそがふさわしいと確信を持ったのだった。
さらに16歳のシャロン役を求めて、ラミレスは全国を回り、オーディション・テープや顔写真を見たり、インターネットで高校の演劇プログラムを終了した生徒のビデオクリップを探し回った。最終的に制作陣はアシュトン・サンダースを選んだのだが、彼はラミレスが最初にロサンゼルスで行った数多くのキャスティング・オーディションで見つけたうちの1人だった。それまでにサンダースはインディペンデント映画に出演したことがあり、『ストレイト・アウタ・コンプトン』(15)に脇役で出演した経験があったが、静けさと不屈の精神を持ち合わせた第2章のシャロンの重要な役どころには打ってつけだった。
そして、ルイジアナ出身の陸上競技界のスターであるトレヴァンテ・ローズは、あるキャスティング担当者がテキサス大学のキャンパスで見つけて、すぐにニコラス・ケイジの作品に起用された経験を持つが、もともとは感動的な第3章の大人になったケヴィン役のために台本読みに呼ばれていたのだった。しかし彼の本読みはラミレス、ジェンキンス、ロマンスキーなどキャスティング・チームに中断された。筋肉隆々で男っぽいローズが、街に精通した大人の化身である“ブラック”ことシャロンの役柄に、より適していることに誰もが気づいたのだった。突然、まだあまり知られていない俳優が、3人のシャロンに向けられる期待を背負って主役に抜擢されたのだ。「キャスティング・ディレクターとして、入ってきてすぐ強烈に“これだ”と思うことはあまりないことないのに、ローズは特別だったわ」とラミレスは振り返る。「彼の男らしい風貌に加えて、彼は観客がキャラクターに対して何か感じる弱さを持ち合わせていたの」

3人の主人公に共通する瞳

キャスティングがうまく運ぶ中、3人のシャロンは継ぎ目なく3つの章でつながっているが、ヒバート、サンダース、ローズの3人は全く似ておらず、撮影中、会うことはなかった。「私たちがラッキーだったのは、それぞれのパートに最もふさわしい俳優を見つけられたことよ」とラミレスは語る。「3人には3つの違った時期を一貫して流れる、内なる脆弱性という共通の特徴もあったのよ。それぞれの俳優はそれを目で表現できて、あのキャラクターの人生の完璧な映画を作るのを助けてくれたわ」ローズにとって、大人になったシャロンを演じることで最大の課題だったのは、筋肉のついた日焼けした“鎧”を身につけて、どう見ても愚鈍な通り名どおりに見える、感情を押し殺した役になりきることだった。「“ブラック”は、本当の自分を世間に見せない、内向的なトラブルメーカーなんだ。というのも彼は本当の自分を人に知られることを恐れているんだ」とローズは説明する。